北京に来て
出発日を3日、遅らせて、9月18日に北京に到着。無事に日程を終え、明日帰国する。
到着日が、歴史的に反日のピークといわれる日と重なったが、空港で、中国人に迎えに来てもらって、問題なし。途中、大使館近くを通ったときは、そこへの道が閉鎖されていたが、デモ隊は目にせず。
日本レストランの看板に覆いがかかっていたり、釣魚島は中国のものというポスターの貼られた店も見た。でも、あとは全くいつもと変わらず。
その晩は、日本人ばかり4名で、ホテル近くの中華レストランに行って、帰りにスーパーに寄って帰った。戻って、NHKのニュースを見て、別世界のように思えたほど。
日曜日の交流行事が流れたことについて、準備に携わった中国人たちは、みな残念がった。報道によると、中国人は皆、反日モードという感じだが、そういうことはない。
情報アクセス会議もふつうに始まった。オープニングセレモニーでは、中国人7名と外国人7名が舞台上に上がり、日本人の夫もちゃんと紹介された(冒頭写真)。
但し、都合により日本から参加をキャンセルしたり、またメーカーが展示を断れたりはあったようだ。
個人的には通常通りに過ごせた。会議の進行は中国語と英語、昼食も夕食も会議の枠内で提供され、まったく安全、平安のなか、情報アクセスの現状と改善、協力についての話題に集中したのだった。
続きは日本に帰ってから。
到着日が、歴史的に反日のピークといわれる日と重なったが、空港で、中国人に迎えに来てもらって、問題なし。途中、大使館近くを通ったときは、そこへの道が閉鎖されていたが、デモ隊は目にせず。
日本レストランの看板に覆いがかかっていたり、釣魚島は中国のものというポスターの貼られた店も見た。でも、あとは全くいつもと変わらず。
その晩は、日本人ばかり4名で、ホテル近くの中華レストランに行って、帰りにスーパーに寄って帰った。戻って、NHKのニュースを見て、別世界のように思えたほど。
日曜日の交流行事が流れたことについて、準備に携わった中国人たちは、みな残念がった。報道によると、中国人は皆、反日モードという感じだが、そういうことはない。
情報アクセス会議もふつうに始まった。オープニングセレモニーでは、中国人7名と外国人7名が舞台上に上がり、日本人の夫もちゃんと紹介された(冒頭写真)。
但し、都合により日本から参加をキャンセルしたり、またメーカーが展示を断れたりはあったようだ。
個人的には通常通りに過ごせた。会議の進行は中国語と英語、昼食も夕食も会議の枠内で提供され、まったく安全、平安のなか、情報アクセスの現状と改善、協力についての話題に集中したのだった。
続きは日本に帰ってから。

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